ニューヨークへではマンハッタンからクイーンズボロブリッジという橋を渡ったすぐにあるクイーンズという地域に暮らし始めました。
ビジネス学校でF-1ビザという学生ビザからのスタートです。通い始めると英語での授業についていけず、その学校の語学コースから受けなおすことにしました。
また、この学校は私が探しに探して見つけたすごい学校で、1年間学校に通うと1年間有給で働くことのできるVISAを発行してくれます。
このVISAは通常4年生の大学を卒業するとはじめて1年分の就労VISAを発行してくれるのですが、なぜかこの学校は1年間で4年間分が有効になります。
しかも、国からの優秀校のお墨付きであり正式なものです。
到着後、生活を整え、学校に慣れてきたらさっそく就職活動開始!
ここで、早く合理的で確実な就職活動を展開。
その後、3ヵ月経つといくつかの会社から良い感触をうけ、その中の一つ、SOHOにある某ファッション系会社にて働き始めました。
NYコレクションのステージを手伝ったり、雑誌の撮影、新規プロジェクトなどマンハッタンのSOHOのど真ん中で、世界の中心のフォトグラファーやクリエーターと仕事を経験。
しかし、十分な給料が確保できないこととVISAが取得できないことで断念。このとき、予想はしていたが、VISA取得の厳しさを思い知る。
3ヶ月目にして分かったことは、英語がある程度できるか、または、英語はできないが仕事経験がある人間は、海外の主要都市の日系企業であれば少なくとも雇ってくれる企業はいくつかあります。
その企業に、いかに自分が合っているかを訴えることによってインターンという形で、「働く経験」まではできることが分かりました。
ただし、就職するということと最大の違いがあります。それは、「生活できるだけの給料をもらえるかどうか」という部分です。
日本からの多くの海外就職斡旋会社の募集のほとんどは、インターン募集なのが現状です。Googleにて「海外就職」で検索すると、上位にヒットしてくる海外就職の内容の多くはインターンとなっており、労働VISAを取得して実際現地で働きたかった私のような人には満足できるものではないと思います。
実際、インターンにて仕事経験をするということも、いろいろな経験ができ、有効だと思いますが、私がこのHPで皆さんに協力したいのはインターンではなく、労働ビザをきちん取り、本格的に長期的に仕事をし、生活をすることを目指しております。
では、「生活できるだけの給料をもらう」ためにはどうすればよいでしょうか。
私は分かりました。給料を出してくれる会社に入るのでは「ない」のです。
「労働VISA」を出してくれる会社に入るのです。
ポイントは、やりたい仕事を目指して就職するのではなく、まずは、労働VISAを出してくれる会社に就職し、次にやりたい仕事に転職するのです。
実際、半年間、私は自分がやってきた仕事経験を生かし、デザイン関係、設計関係、広告代理店をメインにアプローチしました。しかし、これらの業種の大手と呼ばれる会社は大抵の場合、現地のネイティブの社員を募集しており、日本から来た人を必要としておりません。
必然的に狙うは中堅か事務所的な会社になる訳ですが、そういったを会社も少人数でやっと食べているのが海外での日系企業の現状であり、VISAを発行し、新規で雇い入れるところは相当珍しいです。
そこで私が分かったことは、働くことよりも労働VISAを取得することの方が絶対的に難しく、しかも、最重要課題だということです。
その後、私はVISA取得をメインに相当調べ、悩みました。その結果、究極の手を考えついたのです。
それは、私の考える「3大日系業種」の会社に就職してしまうということです。
このやり方についてもっと詳しく知りたい人はこちら→
そして私は見事、計画通り「3大日系業種」の1つに労働VISAのスポンサーになって貰う事ができ渡米10ヶ月めにして無事取得することができました。
渡米10ヶ月めにして労働VISAを取得した会社は、本来自分がやりたい仕事ではありませんでした。しかし、VISAにポイントがあると考えた私は仕事内容よりも、現時点で自分ができることと、労働VISAを発行できるだけの会社の業務とをいかに結び付けられるか。そして、スポンサーとして発行してもらうかに終点を絞り実現しました。
スポンサーを見つけた後は、弁護士を通して労働VISAを取得する訳ですが、これも企業がやってくれる訳も無く、お金を出してくれることもありません。
相当レベルの高い英語と学歴と仕事経験をもっている人は別ですが、日本人の80%以上の人は自腹で自力でやらなくてはいけません。ここではキャリアの説明なので、VISAの取得の詳しい内容は
VISAページをご覧ください。
とにかく、非常に厳しい労働VISAを学生VISAで入国しわずか10ヶ月目にして取得した私は、さっそく次なる手を打ち始めました。働きながらの就職活動です。
3大日系業種の1つに働き始めた私は昼は英語の電話にビクビクしながら仕事をし、夜になると今度は「労働VISAを持っている人」ということで、再度就職活動を展開しました。
これがどうでしょう。学生VISAの時と同じやり方をしていてもものすごい反応がいいのです。ほとんどの会社で、たとえ雇えない状態だとしても電話をしてきてくれお断りをしてくれるのです。学生VISAの場合は無視されるのがあたりまえです。
その結果、2ヵ月後に私はテネシー州のメンフィスにあるフレンチジャパニーズを20店舗展開し、旅行会社、家具の輸出入業もグループ会社で展開している企業の経営企画室に転職することに成功しました。
ここでも、VISAの切り替えのため弁護士とのやり取りが発生しました。渡米10が月目にして、さらに、自分のやりたい仕事に近づきました。
しかも、都会は日本人が多く英語の上達が遅いと感じていた私にとって、ややローカルのメンフィスでの生活は95%英語の生活になり、かなり速いペースでの英会話の上達を実現しております。
メンフィスでの仕事をはじめた私ですが、実はこの時引っ越してから2ヶ月ほど経ったときにNYのマンハッタンにあるインテリアデザインの設計事務所にアプライしていた会社からお誘いのメールが入っていたのでした。
しかし、私は引越しも終わり、新しいローカルでの生活に備えていたため丁重にお断りをしておりました。
その後、メンフィスでの生活も1年が経ち、英語も少なからず成長した頃、知り合いの優秀な建築家の方とお話をする機会があり、その方に「やはりやりたい仕事、夢を持っているならば、もう少し都会で仕事をしていた方が、次に誘われる可能性が高いのでそろそろ転職を考えてみては」とアドバイスを受けました。
それをきっかけに、約1年前にお誘いを受けたマンハッタンの事務所に連絡してみることにしました。
その結果、返答は「一度お話をしてみたいので、NYまできてもらえないか」というものでした。しかし、雇う気もないのにわざわざ飛行機で行って面接を受けるわけにもいかないので、雇う気があるのか教えてください。と切羽詰まって聞いてしまいました。
結果、その気はあるので、後は給料などの条件面が合えば雇いたい、というものでした。私は即効2泊3日の休みを取って、NYへ面接しに行きました。
そして、1週間後、連絡が届き、採用という形になりました。この時点で渡米後1年と10ヶ月経ちましたが、給料も通常のアメリカ人と変わらない額となり、保険もちろんついており、自家用車も所有、マンハッタンでしかもアメリカ人でもなかなかできないインテリアデザイナーとして仕事をするところまで実現しました。