アメリカに行く前、4年間日本で働いておりましたので、その時のお仕事をご紹介しておきます。
この時に経験したことが、海外に出て英語で仕事をしてみたいと考え始めるきっかけになっております。
また、この4年間に身に付けた経験とスキルが、アメリカでの就職に大きく影響をしております。
代表的な仕事内容
2001年の夏に3ヶ月間に渡って開催されました博覧会、JAPAN EXPO IN FUKUSHIMA2001の中のパビリオン。
国際交流ゾーン・ワールドビレッジの企画、設計デザインを担当しました。
ここでは、ニュージーランド、カナダ、中国、韓国のそれぞれの国の文化を紹介・交流するためのパビリオンの展示内容となっており、各国に数回に渡り情報収集と契約業務をしに行きました。
この時、海外に行っての業務は、すべて通訳の方にお願いしておりましたが、様々な場面で英語の壁を感じ、この時から将来的には英語で情報を集めたり業務を進める必要性を痛いほど感じました。
この時お世話になった通訳の方がエレンさんと言いまして、有名な英語伝というホームページと英語教材のメインキャラクターとなっております。
また、この時私はインテリアデザイナーだったのですが、この博覧会の業務は総合広告代理店の出向社員として従事してり、アメリカに渡ってからの就職活動のときに、デザインという専門職的なイメージとは別に、セールスプロモーション業務や営業的な部分を見せることができ、幅広い業種にアプローチすることができました。
アメリカへの出発
前出の日本での仕事経験をしている間に、だんだん海外で仕事をしてみたくなり3年計画での渡米計画をし貯金と準備に着手していきました。
2001年、渡米準備も最終段階に入り、仕事も辞め、VISA取得の最終取得を待っておりました。忘れもしません、2001年の9月。
夜中近くにテレビを見ていると突然、どのチャンネルもNYのワールドトレードセンターを生放映で流し始めました。
旅客機が2機ビルに衝突。9.11テロ事件勃発!
はじめは映画でも見ている気分でしたが、その後に自分が行こうとしている場所がニューヨークであり、一体VISAは取得できるのだろうか?という不安がよぎりました。
友人、知人、親戚からは、「まさかこの事態で渡米するはず無いよねえ」「VISAは取れなくなるらしい」と様々な意見を言われました。しかし、その1ヵ月半後、VISAは発行され、タンソ菌が騒がれる中、意を決して渡米を決意。
2001年10月 ニューヨークへ出発
2002年7月 自身初となる労働ビザ取得
2002年9月 テネシー州メンフィスのフレンチジャパニーズを中南部に展開している日系企業に就職
2003年6月 再度都会での仕事へのステップアップにチャレンジ 再就職活動開始
2003年9月 NYマンハッタンにある日系のインテリアデザイン会社入社
2003年10月 日本の企業からNYでカフェ経営の出資の話が出るがそれどこれでなく断る
2004年4月 友人の誘いで、米系の有名な設計会社へ誘われ、ステップアップのチャンスであったが断る
2004年8月 日本へ帰国
2004年9月 6社の内定をもらう中、博報堂 採用
- 全国ドコモショップのブランディング施策とリニューアル計画・実施に従事
- 三井不動産 COREDO日本橋 本館と別館の間の広場リニューアル
2005年度のグッドデザイン賞
2005年6月 avex第2創業体制に合わせ誘われ転職
2008年現在、同社にて新規開発事業、イベントの立上げ実施。海外案件多数受け持つ。